ドクターブログ

根管治療へのNi-Tiファイル応用

 Ni-Tiファイルを使用する理由の第一義として,湾曲根管に対し,追従性の高い根管形成を行うことが可能であることがあげられます。ステンレススチールファイルは,その材料学的観点から,Ni-Tiファイルに比較し柔軟性に乏しいため,レッジやトランスポーチーションなどのエラーが生じやすく,湾曲根管の根管形成は,技術的な困難を伴っていました。しかし,NiTiファイルは低い弾性率,超弾性や形状記憶などの特徴を有し,湾曲根管に対して優れた追従性を有し,本来の根管形態を維持したまま根管形成が可能となりました。
 しかし一方で,先に示したように,臨床医における根管治療の成功率は,NiTiファイル使用前後において変わりません。その傾向は,歯内療法専門医や病院歯科においても変わらないようです。つまり,湾曲根管に対し追従性の高い形成ができるとしても,それがすなわち根管治療全体の成功率を向上させるわけではないということなのです。
 ここからは少し視点を変え,NiTiファイルによる根管形成で達成可能なことは何なのかについて考えます。Petersらは,根管形成によって,ファイルが実際に根管壁に触れる範囲は非常に限定的であり,もともとの根管形態にもよるがおおむね30%以上の根管壁が未接触のまま残ることを報告しています。つまり,全周まんべんなく機械的根管形成を行うということは,理論上非常に困難だということです。
 また,根管形成による根管内細菌の減少はどうでしょう?
Daltonらは,実際に根管治療を行った歯の根管形成前,根管形成後の根管内容物をペーパーポイントにて採取し,培
養,細菌数を計測したところ,根管形成による細菌減少は,Ni-Tiファイルとステンレススチールファイルに差はなかったことを報告しています。根管形成自体,象牙質を切削できる範囲に制限があり,細菌の減少も従来のステンレススチールファイルと変わらないのであれば,Ni-Tiファイルを使用すればより良好な予後で経過するとはいいがたいことになります。
 Ni-Tiファイルを使川することによる明らかな臨床上の有用性は,効率である。Buchananらは,理想的な根管形成に到達するために従来のステンレススチールファイルとゲーツグリッデンドリルを使川した場合には15~18種類の器具を使用
し,47~63工程を踏む必要があったことを記しています。しかし,NiTiファイルを使用すれば,同じような根管形成がわずか数本のファイルによって達成できるのです。
 以上から、Ni-Tiファイルを臨床で使用する有用性は,湾曲根管における追従性の高い根管形成と効率化のためにあり,Ni-Tiファイルの使用が治療成績に直接関与しているかはわからない。

化学的根管洗浄効果NaOCl

NaOCl水溶液
 洗浄作用と殺菌作用、根管洗浄液としてのNaOCl水溶液は,タンパク質分解能,抗菌性,優れた有機質溶解能,潤滑材といった役割をもっています。そのメカニズムは,主成分である水酸化ナトリウムと次亜塩素酸によって引き起こされる。まずNaOCl水溶液は,脂肪酸を脂肪酸塩(いわゆる石鹸)とグリセロール(アルコール)に分解する鹸化反応を起こします。これにより,残りの溶液の表面張力を低下させます。薬剤の広がりを助けるとともに,根管壁面に吸着して根管内のデブリと置き換わって浮き上がらせる。また,水酸化物イオンはpHが高い領域でタンパク質や油脂類,多糖類などの広範囲の有機質に対してすぐれた溶解能を示し,次亜塩素酸イオンはこれに相補的に働き,洗浄効果を増強させます。
 細胞に対しての作用として,水酸化物イオンは細胞壁や形質膜を形成するムコ多糖やタンパク質,リン脂質,不飽和脂肪酸などを局所的に分解し,構造を変化させる.この部位から次亜塩素酸イオンが細胞内に介人し,必須酵素のSH基やアミノ基を酸化してその機能を阻害する。また,細胞内に侵入した次亜塩素酸はDNAを損傷させ,DNA合成を阻害する。
 温度と有機質溶解作用はNaOCl水溶液は温度上昇に伴い,その有機質溶解能を強める.Abou-Rassらは5.25%のNaOCl水溶液では,23℃Cのときよりも60℃のときのほうが8.9倍壊死した有機質を融解したと報告している。スメアー層も温度が高いほうが薄くなるという報告がある。
 また,温度上昇に伴うもう一つのメリットは,水溶液自体の粘性の低下である。粘性が低下することで細い洗浄針や根管内を流れる根管洗浄液の液量は増大する。つまり,根管洗浄液の還流速度が大きくなるということであり,常に新鮮な根管洗浄液を継続的に供給したい根管洗浄では,メリットとしてとらえられます。
 一方,温度が高い状態で長期間保管すると,NaOCl水溶液の分解速度が大きくなり,有効塩素濃度の低下が早まるため,常時加温された状態での保管はお勧めできない。使用するNaOCl水溶液をシリンジに入れて温浴につけて加温する方法,あるいは口腔内写真撮影用ミラーのミラーウォーマーなどで短期問に使用する分だけを加温しながら保温する方法などが考えられます。次亜塩素酸のもつ洗浄作用が60℃を超えると減少するため加温する温度としては50~60゜C程度が良いとされています。Ruddleは家庭用のコーヒーウォーマーを用いて加温する方法を紹介しています。
  NaOCl水溶液の有効性の指標として,有効塩素濃度があげられます。NaOCl水溶液の有効塩素濃度は時問をおくほどに減少します。それでは,実際にどのくらいの速度でその有効塩素濃度は減少していくのだろうか.まず,NaOCl水溶液の分解は二次反応に当てはまり,初期の有効塩素濃度が大きいほど分解が速く進みます。30℃で保存した12%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液は,30日後にはおよそ9.5%となる。一方,6%のものは30日後で:ま305.5%程度である。そして長期にわたり保俘した場合,およそ3%程度を限度に.分解はあまり進まなくなる。また,12%のNaOCl水溶液の有効塩素濃度が2%程度下がるまでの時間は、30℃でおよそ20日,2020℃でおよそ80日となり,温度が高いほうが分解されやすい、これらの結果から,NaOCl水溶液は涼しいところに長期にわたり保管した場合は,およそ3%の濃度になっていると考えれば良さそうである。
 NaOCl水溶液は0.5%から6%までさまざまな濃度が用いられているが,殺菌作用は濃度にはあまり依存しません。一方.組織溶解作用は濃度が高いほど大きくなる。象牙細管へのNaOCl水溶液の浸透効果については濃度・温度・時間に依存して効果が上がるが,大きな期待はできない。たとえばNaOCl水溶液への接触を20分間したものと2分間したものでは,象牙細管への効果は10倍ではなくおよそ2倍にとどまり,濃度や温度についても同様に,あまり大きな差を示さない。洗浄に用いるNaOClの濃度より乱殺菌作用を考慮すると洗浄液量のほうが重要である。たえず新鮮な根管洗浄液を供給することは,有効塩素濃度の低さを十分補うことができ,洗浄効果の増強を望むことができる。
 根管洗浄にかける時間について,現在はまだ答えが出せないが,根管内に満たしたNaOCl水溶液は3%程度の濃度があってもおよそ2分で組織溶解能は失われていくため継続した洗浄液の交換が必要です。NaOCl水溶液はいわゆる根管洗浄液として、根管形成の合間に時々流すというものではなく、根管形成、根管洗浄の術式の間、常に使用すべきです。歯髄腔にNaOCl水溶液を常に満たして根管内への根管洗浄液の供給源として利用すべきであり,頻繁に薬液が交換されることでその化学的効果を維持
することを期待できる。

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